あの子は君と違って、紋章が不完全なんだ。
風の子が言った。
「だから命を削られる。」
ハザマ「・・・う?」
横たわる少年が、小さくうめく。
現状を把握しきれてないのだろう、しばらくの間ぼんやりと宙を見ていた。
隅々まで整頓された、生活感のない彼の部屋。
今しがた絞った温タオルを手に、ゆっくりと、声があがったその寝床に近寄った。
「起きたか、コウキ」
起きているかなんて、分かりきったことを確かめる。
自分の名を呼ばれたコウキがびくりと肩を震わせてこちらを仰ぎ見た。
・・・そんなに驚かせるつもりはなかったんだけどな。
「マクドールさんっ?」
がばりと起きようとするのを手で牽制する。
目を丸くしたままだったが、コウキはこの手の意味をすぐに理解して、それに従っておとなしく体を横たえた。どうしてここに?と顔に書いてあるのを無視して俺は言葉を続けた。
「体は」
コウキの目とかち合った。
「・・体の具合は、どう」
問うと、その表情はみるみる明るくなって。
「大丈夫です!」
と笑って。
「ほら、この通り。」
と軽いガッツポーズをした。
コウキが俺を安心させるためにとっただろうその行動が、癪にさわる。
・・・何が、大丈夫なものか。
湧いてでた不快な感情をさとられないよう、一度瞼を閉じる。平静な顔を保つために。
再度コウキの顔を確かめてから、彼が口を開く前に彼の疑問に答えた。
「ナナミは今、・・・多分厨房にいる。コウキの腹の足しになるものを作るんだって飛び出してったから。」
「そこにたまたま俺がいて・・」
たまたま、なんて白々しい言い方かと思ったけど、彼は全く気にとめなかった。
ナナミが無理やりにでも俺をここに留めたと思ったらしく、素直にそうなんですかと納得した。
「仕方ないな、ナナミは。いてもらっちゃってすみません、マクドールさん。」
へへっとはにかむように笑うコウキの顔は、まるで表情筋が笑みの形しか覚えていないかのようだ。
それともあまりに笑うことに慣れすぎているのか、いつだって笑っている気がする。
この子に会うのはこれが2回目。
つい最近知り合った、”今の”天魁星。
手にしていた温タオルをふと思い出して、手渡した。
そういえばこれを渡そうとしていたのだ、コウキの手の上で広げられたそれはまだ湯気を発していて安心した。
「お茶・・飲む?」
「あっ、はい!ありがとうございますっ。」
・・・元気な声。
「・・・いや。」
すでに用意されていた茶をティーポットからカップへと注ぐ。ティーポットなんてあまり手にしたことなかったが・・・まあ、これでいいんだろうな。
手馴れない事をしている俺を見て、後ろでコウキが小さく笑うのが聞こえた。
ばかにしているのではないことは笑い方で分かった。
天魁星。数奇で、そして不幸な星。コウキの星であり、以前の俺の星。
それに伴う運命は移ろいやすく、背に負うものはあまりに重い。
けれど彼は言った。「戦う」のだと、笑って言った。
笑える彼がまぶしくて、そして、こわかった。
「それでマクドールさん、明日なんですけど」
その言葉で意識を戻された。・・・明日?
「・・コウキ、明日って?予定でもあるのか?」
「ええ。」
「だめだ。中止。今度にするか、他の奴にやらせろ。」
即座に意見を却下した俺に、コウキが何で?といった風に小首を傾げた。分かりやすい子だな。
「今日倒れたばかりだろ、疲れがたまってる。明日はまだ本調子じゃない。」
困ったように「でも」とまごついて、少し体を起こした。
その細い体はなんて頼りないのだろう。納得していない様子のコウキに対して言葉を続けた。
「無理はするな。今日だってそうだ、無理した結果がこれだ。リーダーが倒れるなんて周りが迷惑するだけだ。それくらいわかるだろ?」
・・・きつい言い方だ。なぜだか自分の口調がきつくなってくるのが分かる。
抑えようとも、じわじわ滲むようないらだちが胸の中に広がる。
コウキは痛いところをつかれてうつむいてしまった。
しばらくじっとして、それでも俺の目をまっすぐに見てからコウキは力のこもった小さな声で反発した。
「・・・みんなに迷惑かけたのは反省してます。でも、無理だなんて。僕にできることがあるなら、僕は」
「それで」
俺の声にも力がこもる。
「その為に、死んでいいと?」
コウキが目を見開いて動きを止める。その瞳に自分が映っているのが見えそうになって、目をそらした。
この子に見つめられるのは苦手だった。
それに。
こんなきついこと言いたいんじゃない。第一、俺らしくない。こんなに言葉に棘がある物言いは。
でも無性に腹が立つ。
この子の発言が、行動が、神経を逆撫でする。いらだちが抑えきれずに言葉になってしまう。
気まずさから顔をそらしていた俺に、コウキが声をかけてきた。
「マクドールさん、僕、マクドールさんに似てるっていわれるんですよね。」
・・・どこが?ていうか、いきなり何言い出してるんだ?わけが分からなくてコウキを見た。
笑っていた。
「ふふ、マクドールさんは迷惑かもしれないけど。でも、そうだね。・・マクドールさんにも、あったんですよね?守りたいものが。」
とてもやさしい声だった。
わかりやすい彼の顔が、わかってくれるよね?と目を細めた。
「僕は大丈夫。だから・・・心配しないで。」
言われて気づいた。俺はこの子を心配していたのだと。
このいらつきも、言いようのない焦りも、この子の身を案じているから。
先の戦いでそんな感情、失くしたと思っていたのに・・・。
「・・・違う、俺は。・・”守らなければいけなかった”から・・・。」
つぶやいた俺にコウキが一層やさしい目で微笑みかける。
俺の弱々しい反論はその表情にくるみこまれて消えた。
しばらくするとナナミが飛び入ってきたから、俺はコウキの部屋を後にした。
それまでの間何を話したか、あまりよく覚えてない。
コウキといると、わからなくなる。
自分の隠したい部分も、忘れてしまったものも・・照らし出されそうで戸惑う。
多分あの子は無意識だろうけど。無意識に俺のなかを暴いているのだろうけれども。
・・・そうさせる、その笑顔がこわいんだ。
翌日コウキは休みをとった。
俺に根負けして。
「ルック。」
大広間の石版の前に、ぽつりとたたずむ旧友に話しかける。
旧友というより旧知の仲間といった方がしっくりくるか、朝の挨拶もなしに会話を始めた。
奴が相も変わらない鬱陶しそうな顔で目だけこちらに向ける。
「コウキ知らないか?」
「・・・コウキ?あぁ、あっち行ったようだけど。」
と言って外を見やる。そう、と早々に場を離れようとすると、ルックからさも興味なさげながらに声がかかった。
「めずらしいね、君が他人に関心を示すなんて。」
その言葉にうわべだけの笑顔ひとつ残してその場を去った。
そりゃそうだ。
この身呪われたときから、俺は必要以上に人に関わらなくなったから。
”どういう風の吹き回しだ”と、俺の昔を知る者がそう感じても仕方ないことかもしれない。
一人の人を探すために歩き回るなんて確かにずいぶん久しぶりで、こうやって人の姿を求める気持ちも久しぶりだった。
コウキを探そう、そう思うと微かに胸が躍った。
コウキの城のはなれにある岬。
見えるのはただっ広いデュナン湖、聞こえるのは草の音と木々の葉ずれ。
こんな場所には人っ子ひとりおらず、人探し中の自分には縁のない場所のはずだった。
ルックに聞いたとおりの方向を注意深く歩いたつもりだけど・・・ ・・・・・・・・
それとも奴の陰湿な嫌がらせにまんまとはまってしまったのか。
部屋にはいなかった。体調不良ゆえの休日なのだから、軍主としての仕事場や訓練所に顔を見せることは本人が希望しても周りがさせないだろうし。
しかし他に彼の行きそうな場所など検討もつかなかった、俺が知っている彼なんて、まだほんのわずかにすぎないから。
ふうとため息をついて、湖を眺める。そしてぼんやり探し人を思った。
どこにいるのかと。
あいたい、と。
そこまで考えて、思考を止める。
・・・ああ。
やっぱり、そうなのかな。
「・・・すげー景色・・。」
湖面のきらめきで目がくらむ。空の青にも届きそうな光のすじの数々。
「・・飛べるかな。」
まあ、落ちても死なねーか、この高さなら。空を仰ぐ。そしてしっかりとした声を出す。
「・・・俺は。」
瞬間。
「マクドールさん!!」
探しに探したその人の声とともに、体が浮いた。
「あはは、すみませ〜ん。」
水面から顔を出したコウキがへらと笑う。思わず顔をそらして、びしょ濡れの自分の顔を拭った。
真後ろから突進してきたコウキに対し、受身の一つも取れないなんてカッコ悪い。結果、湖に二人して真っ逆さまという醜態ぶりだ。コウキは気にしてない感じだけど・・・言葉につまる。
しばらく黙っていると、コウキが「うぅ」と唸って眉を八の字にした。
「・・・ほんと、すみません・・。」
調子乗りました・・・、なんて小声でつぶやいているところをみると、俺が怒っていると勘違いしたことは明らかで。
「あ!?え、いや、別に・・っ」
それに慌てて取り繕うとした自分の声が頓狂なもので驚いた。
焦ったのなんていつぶりだと考えている俺の前でコウキはまだ沈んでいて、小さな声を絞り出すことに必死だった。
いつもはっきりした声で話すコウキが、掻き消えそうな声を細々とつむいでいる。
「すみません・・だってマクドールさん、飛んでっちゃいそうだったから。」
コウキがつぶやき、そしてその瞳が俺を射抜いた。
「・・・そんなの、いやです。」
コウキの顔が水面に反射して光る。
その表情が少し寂しそうで、それだけで俺の心が暖を取り戻した。
どこか遠いところで自分が喜んでいることを自覚した。
ついでに、もう一つの感情も。
真っ白なきらめきが俺の頭を直撃して、眩暈がする。
きっとそれは湖を介した太陽のものだけのせいではないから。
ああ、顔が綻ぶのを隠せない。
コウキが、だってマクドールさん地に足ついてない感じだしとか何とか、まだぼそぼそと言ってる。
そんな彼に、ついに吹き出して笑ってしまった。肩までつかった水が音を立てて揺れる。
コウキは驚いた顔でこっちを凝視して、その大きな目を丸くして、その顔すら。
「・・・大丈夫、飛んでったりしない。」
きみの顔に、手を伸ばす。
そうすればどうなるか、わかっていた。
わかりやすいくらいにころころ変わる表情がいいな。何にしても一生懸命すぎるところも、他人を気遣いすぎるところも。
自分がつらいのを隠す、優しさを通り越して意地っ張りなところも。
全部守ってやりたい。
そうだ。
”守らなければ”じゃなく”守りたい”と思った。
きみを。その笑顔を。
こんなこと初めてだけど・・・この呪われた身がそれを許すはずないけど。
コウキの肌からは確かな熱が伝わってきて、冷えたからだに感覚を取り戻してくれる。
まるではじめて覚えたような、ずっと知っていたような感覚。
コウキを見やると、俺を見つめたまま固まりぴくりとも動かず、その頬には朱が差していた。
その瞳にうっすら笑みが浮かべた自分が映る。
まぁ、昔から愛は何にも勝るといいますし?
*
「最近のキミ、いきいきしてて気持ち悪いよ。」
いつものように、またこの旧知の仲間が悪態をついた。
「そうか。それっていいことじゃねーの?」
さらりと受け流す。俺は今日もコウキが「軍主のお勤め」を終えるのを待っていた。
ほぼ毎日ここでコウキを待っていると、コイツ含め一体何人いるのか、この軍に参加している旧知の仲間達が俺を見つけては至極心外な台詞を吐いてくが気にしてられない。
あの子いわく「外で待ち合わせるってのがいい」らしいから。
俺は今日もここできみを待ってる。
自然と口元が緩みだす。
約束の時間が近づく、もうすぐきみが来るだろう。
こういう時間は経つのが遅くて、きみのことばかり考える。
駆け寄ってくるきみの表情や第一声、いろんなことを思い描いては、まだかななんて愚痴にも似た声をこぼす。
・・・苦笑をもらしていた隣の少年が、ふいに道を見た。
コウキかと目で追ったが違った。
めずらしく俺たち以外に誰もいないこの広間には、ただわずかに風が凪いでいるだけだ。
この場所にはあまりない静寂が広がる。
そいつはしばらくの間何もないところを見つめたままじっとして、それからふと、静寂を割った。
「・・・・でも、そうだね。」
風が変わった。
風の子が言った。
「あ、ミコトさーん。」
コウキが俺を呼んだから、俺は振り返ることなくその場を離れる。
満面の笑顔で駆け寄ってくるきみの、手合わせしようなんて誘いに俺がのらないはずなかった。
コウキは俺の返事にぱっと瞳を輝かせて、俺はその瞳が綺麗だなと感動する。
彼が見せるものは景色だろうと彼自身だろうと、決まって俺に感動をもたらす。
それはコウキが俺にとって特別なのだということを全身で感じさせた。
少し笑って、そんな当の本人には聞こえないように声を出す。
「・・・・変えてみせるさ。」
「ほら、行こうよ。ミコトさん。」
「ああ。」
真っ向から立ち向かってみようかと、きみに感化された思考で動き始める。
例え進む先にあるものが運命と称した呪いそのものだとしても。
変えられないものなど、今さら何もない。
きみを守るためならば。
外に出ると戦時下と思えない平和な人並みで、今はもう慣れた道のりをコウキとふたり他愛無い話をしながら歩く。恥ずかしげもなくつながれた手は温かくて・・・・きみから伝わる熱は今も変わらない。
嬉々としたコウキに急かすように手をひかれながら、俺はといえば明日はきみのために何ができるだろうなんて、またガラにもないことを思っている。
あとがき
会って二回目で自覚しとります、早い。
【Hide More】